優れた投資戦略だからといって、必ずしも投資家のポートフォリオに採用されるとは限りません。
特に、これからファンドを立ち上げ、資金調達を目指す「運用会社の卵」にとって、これは重要な視点です。投資戦略に独自性があり、魅力的なリターンが期待できたとしても、投資家はその戦略だけを単独で評価しているわけではありません。すでに保有するポートフォリオや負債、投資目的、さまざまな制約の中で、その投資機会を見ています。
ランガムホールの日本代表を務める宮田忍は、ここから「スペクトラム・マッチ」という考え方を展開しています。日本においても、またグローバルなプライベート市場においても、運用会社は二つのスペクトラム、すなわち投資家がどこに位置するのか、そして資産クラスがどこに位置するのかを理解する必要があります。重要なのは、その二つがどこで合致するのかを見極めることです。
投資家の「深さ」は構造によって決まる
宮田が述べるように、「投資家は“負債の長さ × 目的 × 制約”でスペクトラム化される。」
流動性や柔軟性を必要とする投資家と、数十年先まで続く負債を前提に資産を運用する年金基金や保険会社とでは、同じ投資機会に対する見方も大きく異なります。また、起業家や事業会社など、金銭的なリターンだけではなく、戦略的な連携、情報へのアクセス、より広い事業上の関係性に価値を見いだす投資家もいます。
宮田の考え方では、こうした違いは構造的なものです。負債の時間軸、目的、制約によって投資家の「深さ」が決まり、それによってポートフォリオに何を必要としているのかも変わります。
資産クラスにも「深さ」がある
投資家から見れば、上場市場とプライベート市場は、切り離された「表」と「裏」の世界ではありません。伝統資産からオルタナティブ資産まで、一つの連続した「スペクトラム(地図)」として捉えることができます。
その「深さ」を決める主な要素が、流動性と情報の非対称性です。浅い領域では、情報が広く共有され、資金を比較的自由に動かすことができます。そこから深い領域に進むにつれて、流動性は低下し、資金の拘束期間は長くなり、情報も偏在するようになります。
それに伴い、リターンの源泉も変わってきます。ベンチャーキャピタル、グロース・エクイティ、バイアウト、プライベート・クレジットなどでは、案件へのアクセス、専門的な知見、そして情報がより大きな意味を持ちます。宮田の考え方では、資産クラスが「深く」なるほど、情報の非対称性そのものがリターンの源泉となり得ます。
二つのスペクトラムを並べてみると、マッチングの考え方がより明確になります。長期的な負債と明確な運用上の制約を持つ年金基金や保険会社などは投資家側のスペクトラムでも「深い」位置にあり、流動性が低く、投資期間の長い資産にも資金を配分しやすい立場にあります。一方、柔軟性を必要とする投資家は、より「浅い」領域に位置します。ただし、必ずしも「浅い投資家には浅い資産、深い投資家には深い資産」という単純な関係ではありません。起業家や事業会社は、金銭的なリターンだけでなく、情報や戦略的価値を求めて「深い」資産クラスに投資することもあります。
「欠けたピース」を見つける
ここで重要になるのが、宮田が投資家のポートフォリオを「棚」に例えて考える視点です。「俺たちの投資戦略は最高だ」という自負を捨て、次のように問うべきだと宮田は述べています。「いま、彼らの棚の『どの深さ』に、どんな味のスパイス(リスク・リターン特性)が欠けているのか」
投資家がある戦略に投資しないからといって、その戦略自体に魅力がないとは限りません。その時点で、その投資家が求める流動性、リスク、リターン、エクスポージャーの組み合わせに合っていないだけかもしれません。
運用会社に求められるのは、投資家のポートフォリオにどのようなリスク・リターン特性が欠けているのかを見極めると同時に、自らがどこで本当の強みを持つのかを明確にすることです。どの成長ステージや領域を理解し、どこに情報の非対称性があり、それをどのように活かすことができるのか。その両方を考える必要があります。
ストラクチャーを考えるのは、その後です。ビークルの設計、法域、ガバナンス、オペレーションはいずれも重要であり、特に投資家と運用会社が異なる市場にまたがる場合には、慎重な検討が必要です。しかし、こうした設計は、投資戦略と投資家の論理を踏まえた上で行うべきものです。
投資家から逆算して設計する
単独で見て、あらゆる状況に通用する「最適な」ファンド・ストラクチャーや投資商品が存在するわけではありません。ある投資家層、市場、投資戦略に適したものが、そのまま別のケースにも当てはまるとは限りません。
投資家を理解することは、単なる資金調達のための作業ではありません。それ自体が、投資商品をどのように設計するかを左右します。
宮田は、この考え方を「投資家のスペクトラムと資産クラスのスペクトラムは、“深さ”でマッチングする」と表現しています。
優れた投資戦略であることは、もちろん重要です。より難しい問いは、その戦略が投資家のポートフォリオに実際に存在する「欠けたピース」を埋めるものなのか、ということです。
本稿は、宮田忍による「スペクトラム・マッチ」の考察をもとに構成しています。Slowstepsに掲載された全文は Episode 7: Redesigning the Performance Standard: Slowsteps Inc. からご覧いただけます。




